日本酒の山廃仕込みの説明 お燗に最適です!

 良い酒を造るには、発酵する《醪(もろみ)》の中に「性質が優れ」「健康で頑強な」酵母菌が「より多く」存在していることが不可欠です。これを充たすために日本酒は、''醪''を仕込む前に''酒母''を仕込みます。酒母は良い酒を造るために、必要な条件を備えた酵母菌を増やすために造られるわけです。したがって酒母は日本酒の''もと''であるところから''もと''ともいいます。

 酒母の仕込みはまず、水に米麹を加え、さらに蒸米を加えます。その時、酒母の中には水や米麹、蒸米、さらに空気中などからのさまざまな微生物が存在して、勢力争いを始めます。これらの微生物の中から、必要な清酒酵母だけを選んで増やしていくわけです。
そのために必要なものが''乳酸''です。乳酸がある一定濃度以上ある中では、清酒酵母以外の微生物は、仲間を増やしたり、活発に動きまわったりすることができません。そこで、現在主流の酒母は仕込みの時に、''協会酵母''という優秀な酵母を多量に入れてやるとともに、市販の乳酸を加えて雑菌の侵入や繁殖をおさえる''速醸もと''といわれるものです。しかし、市販の乳酸がなかった昔は、まず天然の乳酸菌を自然に繁殖させて、乳酸を造らせることから始めなければなりませんでした。まず、もともと水の中に棲んでいる`'硝酸還元菌''類の力を借りるわけです。硝酸還元菌類は、やはり水の中に微量に含まれる''硝酸塩''を食べて''亜硝酸''を造ります。その間に米麹から溶けだした酵素が、米のデンプンを分解して甘いブドウ糖を造ります。やがて、そのブドウ糖を求めて乳酸菌が繁殖し、ブドウ糖を食べて乳酸を作り始めます。この亜硝酸と乳酸の相乗効果で酒母の中の菌類が殺菌されます。さらに乳酸が増えると硝酸還元菌も乳酸菌自身も殺菌され、やがて亜硝酸は消え、酒母は甘酸っぱいドロドロとした液体になります。甘味酸味の濃いこの酒母の中では、これに耐えうる清酒酵母だけが選ばれ繁殖をはじめるわけです。この手法でのポイントは、仕込水の中に、硝酸塩が一定以上含まれていること。また、亜硝酸ができるまでの間、できるかぎり雑菌が増えないように低温で保つことです。明治の末頃までは、そのために半切桶という平べったいタライのような桶に、いくつかに分けて仕込むことで、体積を小さく、表面積を広くとって低温を維持しながら、米麹と蒸米を櫂といわれる竿の先に板のついたものですり潰して、ブドウ糖を早く出して雑菌の繁殖をおさえる''生もと''が主流でした。やがて大正の頃になると普通の桶に一度に仕込み、温度管理だけで行う``山廃もと''が主流になりました。山廃もとは、生もとでの米麹や蒸米をすり潰す工程``山卸し''(別名・もと摺り)を廃止したところから「山卸廃止もと」略して「山廃もと」といわれるようになりました。しかし、硝酸塩の少ない水や暖冬の年などは失敗することも多く、やがて山廃もとには仕込水の中にあらかじめ''硝酸カリ''を加えることが常識化して行きました。

 速醸もとは約2週間で出来上がりますが、生もとや山廃もとは20日〜30日かかります。その長い期間にさまざまな成分が生産される生もとや山廃もとは味わいが濃醇で腰の強い独特の風味をもった酒になりやすいといわれています。また、速醸もとの酒は比較的熟成の進まないうちに飲むのが良いとされていますが、生もとや山廃もとは熟成してから飲む方が良いとされています。

 酸味が多くコクのある生もと造りや山廃造りの酒は、夏を越しじっくり熟成が整った頃にその良さをあらわすからです。ちょうどお燗酒が恋しくなる季節、生もと造りや山廃造りの酒は、お燗でさらにまろやかになります。生もと・山廃がお燗に向くといわれるのはこのためです。

 

育てもと  杜氏:角田篤弘(千代寿虎屋酒造)

計り知れない種類と数の微生物が大気中や水に充満する自然界。その中にあって、米を酒にする為に必要な日本酒酵母という単一な細胞のみを生やしていくわざ「生もと」。こんな凄いスーパーバイオテクノロジーを、一体どうして微生物もわからない大昔に考えついたのだろう。多用な種類の微生物が生きるためにしのぎあい,その役目を終えるかのように次々台頭する微生物に,とって替わられ死滅するもの,乳酸菌のように自らつくったものによって宿命的に死んでゆくもの,そして最後に日本酒酵母だけが生き残る。この壮絶な自然淘汰の中で、小さないのち達の喘ぎが、息づかいが,きっとこの人達に聞こえたに違いない。そうでなければこんな神わざは生まれる筈がない。まさに生もと・山廃は慈しみ育てるもと、育てもとと言われるゆえんであろう。たとえようのない奥深い味わいを求める究極の醸しわざ。これこそ世紀を越えて連綿と伝えられ続ける日本酒造りの原点である。---《千代寿だより 平成12年10月 第16号より抜粋》

自然界の大きな力と先人の知恵に対する敬虔な思いがよく表れていると思います。



戻る