良い酒を造るには、発酵する《醪(もろみ)》の中に「性質が優れ」「健康で頑強な」酵母菌が「より多く」存在していることが不可欠です。これを充たすために日本酒は、''醪''を仕込む前に''酒母''を仕込みます。酒母は良い酒を造るために、必要な条件を備えた酵母菌を増やすために造られるわけです。したがって酒母は日本酒の''もと''であるところから''もと''ともいいます。 酒母の仕込みはまず、水に米麹を加え、さらに蒸米を加えます。その時、酒母の中には水や米麹、蒸米、さらに空気中などからのさまざまな微生物が存在して、勢力争いを始めます。これらの微生物の中から、必要な清酒酵母だけを選んで増やしていくわけです。 速醸もとは約2週間で出来上がりますが、生もとや山廃もとは20日〜30日かかります。その長い期間にさまざまな成分が生産される生もとや山廃もとは味わいが濃醇で腰の強い独特の風味をもった酒になりやすいといわれています。また、速醸もとの酒は比較的熟成の進まないうちに飲むのが良いとされていますが、生もとや山廃もとは熟成してから飲む方が良いとされています。 酸味が多くコクのある生もと造りや山廃造りの酒は、夏を越しじっくり熟成が整った頃にその良さをあらわすからです。ちょうどお燗酒が恋しくなる季節、生もと造りや山廃造りの酒は、お燗でさらにまろやかになります。生もと・山廃がお燗に向くといわれるのはこのためです。
育てもと 杜氏:角田篤弘(千代寿虎屋酒造) 計り知れない種類と数の微生物が大気中や水に充満する自然界。その中にあって、米を酒にする為に必要な日本酒酵母という単一な細胞のみを生やしていくわざ「生もと」。こんな凄いスーパーバイオテクノロジーを、一体どうして微生物もわからない大昔に考えついたのだろう。多用な種類の微生物が生きるためにしのぎあい,その役目を終えるかのように次々台頭する微生物に,とって替わられ死滅するもの,乳酸菌のように自らつくったものによって宿命的に死んでゆくもの,そして最後に日本酒酵母だけが生き残る。この壮絶な自然淘汰の中で、小さないのち達の喘ぎが、息づかいが,きっとこの人達に聞こえたに違いない。そうでなければこんな神わざは生まれる筈がない。まさに生もと・山廃は慈しみ育てるもと、育てもとと言われるゆえんであろう。たとえようのない奥深い味わいを求める究極の醸しわざ。これこそ世紀を越えて連綿と伝えられ続ける日本酒造りの原点である。---《千代寿だより 平成12年10月 第16号より抜粋》 自然界の大きな力と先人の知恵に対する敬虔な思いがよく表れていると思います。 |
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